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福岡地方裁判所小倉支部 昭和26年(ワ)38号 判決

原告 川本源平

右訴訟代理人弁護士 徳永平次

被告 株式会社丸和

右代表者代表取締役 吉田登

右訴訟代理人弁護士 松永初平

右訴訟復代理人弁護士 身深正男

同 浦田誠道

同 松尾俊一

主文

原告の請求はすべてこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、第一次の請求として、「被告は原告に対し、旦過南橋親柱笠石西南角を基点とし、それより八九度二分八厘の地点を(イ)とし、それより八六度四間六分の地点を(ロ)とし、それより一〇八度三間一分の地点を(ハ)とし、それより一八八度三間三分の地点を(ニ)とし、それより一八〇度五間八分三厘の地点を(ホ)とし、それより一八五度三〇分一間六分七厘の地点を(ヘ)とし、それより一八〇度三間六分の地点を(ト)とし、それより一八〇度五間の地点を(チ)とし、それより一〇一度三間二分四厘の地点を(リ)とし、それより八九度三〇分四間七分一厘の地点を(ヌ)とし、それより一八〇度三間六分二厘の地点を(ル)とし、それより一八〇度一間八分五厘の地点を(オ)とし、それより一八二度五間四分の地点を(ワ)とし、それより一八〇度四間七分の地点を(イ)とする土地に所在する北九州市小倉区古船場町一五四番地同区魚町一六二番地の三家屋番号古船場町三三七番の二木造瓦及び亜鉛鉄板葺二階建店舗一棟建坪一三二坪二合九勺外二階五五坪二合二勺(以下単に本件建物とよぶ。)のうち、(ニ)(ホ)(オ)(ワ)(ニ)点を順次つないだ直線内の部分四一坪三勺(以下単に第一土地とよぶ。)上にある建物(以下単に第一建物とよぶ。)及び(ト)(チ)(リ)(ヌ)(ト)点を順次つないだ直線内の部分一七坪八合八勺(以下単に第二土地とよぶ。)上にある建物(以下単に第二建物とよぶ。)を収去して、右各敷地を明渡し、昭和二五年八月二九日より同年一二月三一日までは坪当り一ヶ月五〇円、同二六年一月一日より同年一二月三一日までは坪当り一ヶ月一〇〇円、同二七年一月一日より同年一二月三一日までは坪当り一ヶ月五〇〇円、同二八年一月一日より同年一二月三一日までは坪当り一ヶ月一、〇〇〇円、同二九年一月一日より同年一二月三一日までは坪当り一ヶ月二、〇〇〇円、同三〇年一月一日より同年一二月三一日までは坪当り一ヶ月三、〇〇〇円、同三一年一月一日より同年一二月三一日までは坪当り一ヶ月四、〇〇〇円、同三二年一月一日より右土地明渡ずみにいたるまで坪当り一ヶ月五、〇〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、予備的請求として、「被告は原告に対し旦過南橋親柱笠石西南角を基点としそれより八九度二分八厘の地点を(イ)とし、それより八六度四間五分六厘の地点を(ロ)とし、それより一〇七度一二分三間四厘の地点を(ハ)とし、それより一八七度一五分八間八厘の地点を(ニ)とし、それより一八七度三〇分二間二分三厘の地点を(ホ)とし、それより一八六度一二分一一間の地点を(ヘ)とし、それより二六四度五〇分三間二分四厘の地点を(ト)とし、それより三五四度三〇分一三間九分五厘の地点を(チ)とし、それより一七五度二四分二間一分八厘の地点を(リ)とし、それより一七五度一二分四間四厘の地点を(イ)とする地上に所在する本件建物のうち、(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)(チ)(ニ)点を順次つないだ直線内の部分(以下単に第三土地とよぶ。)上にある建物(以下単に第三建物とよぶ。)を収去して、右敷地を明渡し、第一次請求趣旨記載と同一額の金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因を次のように述べた。

「一、原告は、昭和二五年八月二八日訴外正野寛之助から、北九州市小倉区魚町一六二番地の一宅地三九坪一合一勺(以下単に一六二番地の一とよぶ。)及び同区古船場町一五四番地の一宅地一七坪五勺(以下単に一五四番地の一とよぶ。)を買いうけ、即日所有権取得登記を経由した。

二、一六二番地の一の現地は第一土地、一五四番地の一の現地は第二土地である。仮に右事実が認められないときは、一六二番地の一及び一五四番地の一の現地は、第三土地である。

三、被告は、第一土地上に第一建物を、第二土地上に第二建物を所有し、右敷地を占有する。

仮に右事実が認められないときは、第三土地上に第三建物を所有し、右敷地を占有する。

その結果、被告は、故意又は少くとも過失により、原告の右各土地の使用収益を妨げ、原告に賃料相当額の損害を与えている。

四、よつて、原告は、被告に次の請求をする。

1  第一次の請求として、第一建物及び第二建物の収去と、その敷地である第一土地及び第二土地の明渡。

予備的請求として、第三建物の収去と、その敷地である第三土地の明渡。

2  請求の趣旨記載の賃料相当額の損害金の支払。」

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決ならびに仮執行免脱の宣言を求め、次のように答えた。

「請求原因事実中、原告が一六二番地の一及び一五四番地の一をその主張のように取得し、所有すること、(但しその坪数は争う)被告が右宅地の上に、本件建物を所有することを認めるが、その主張のごとき損害を蒙つた事実は否認する。そして、次のように抗弁する。

(一)  原告は、昭和二五年一月中に、一五四番地の一を訴外松井徳一に譲渡したから、原告に右土地の所有権があるとしてなす請求部分は失当である。

(二)  被告は、昭和二一年五月一八日、一六二番地の一及び一五四番地の一を、当時の所有者訴外正野寛之助から建物所有の目的で、期限を定めないで賃借し、同年七月本件建物の保存登記をなしたから、被告は、右賃借権をもつて原告に対抗できる。

(三)  原告は、右土地を取得するに際し、右賃貸借の存在を知つて、その権利義務を承継する約束で買いうけたのであるから、被告は、原告に対し前記賃借権を対抗することができる。

(四)  さらに、前記賃借権をもつて原告に対抗できないとしても、原告は本件建物が食糧品店舗として小倉区民の食生活に貢献している事実を熟知しながら、その敷地に当る一六二番地の一及び一五四番地の一を買いうけ、被告から再三右土地の賃貸又は譲渡を懇願するにもかかわらず、これを拒み、特段の事由もないのに、右土地の明渡を求め本訴に及んでいるのであるから、右は正しく権利を濫用するものである。

(五)  原告主張の土地に対する賃料は、昭和二一年四月分より毎月末日にその翌月分を支払い、昭和二二年二月二五日訴外正野寛之助の申出により地代の前払として、一〇万円を支払い、昭和四四年六月分まで支払ずみであるから、損害金の請求も失当である。

(六)  南旦過橋親柱笠石の西南角を基点とする八五度二分八厘の地点を(い)とし、それより八六度三分一一間四分の地点を(ほ)とし、それより一〇四度一〇間八分の地点を(に)とする、(ほ)(に)点を結ぶ直線より北の部分の土地は被告の所有地であるから、右直線を越えて明渡を求める原告の請求は失当である。」

原告訴訟代理人は、「被告の抗弁事実を否認する。仮に被告主張の賃貸借が認められるとしても、

(一)  被告主張の保存登記は、原告の所有権取得登記の経由後になされたものであるから、その主張する賃借権をもつて、原告に対抗できない。

(二)  右賃貸借契約は、昭和二六年六月又は一二月末までの間にその期限が到来したから、昭和二五年一二月一二日、原告は自ら使用する必要があつたため、内容証明郵便をもつて、更新拒絶の通知をなし、右通知は、同月一三日に被告に到達し、右期限の到来とともに、右賃貸借契約は終了した。」

被告訴訟代理人は、「原告主張の右(二)の事実を否認する。」

と述べた。

立証≪省略≫

理由

原告が、昭和二五年八月二八日訴外正野寛之助から、一六二番地の一及び一五四番地の一を買いうけ、その所有権を取得した事実は双方の間に争いがない。

しかし、≪証拠省略≫によると、原告は右土地のうち、一五四番地の一を、昭和二四年一二月訴外松井徳一に坪当り二万五、〇〇〇円計四三万七、〇〇〇円で売却し、右代金も二回にわたり同人から既にうけ取つたことが明らかに認められ、右認定と異なる原告本人尋問の結果は信用できず、その外右認定を覆す証拠はないので、原告が右宅地の所有者であることを前提に、被告に対してなす各請求は失当である。

その現地が第一土地であるのか、それとも第三土地の一部にあたるのかの点を暫くおき、被告が一六二番地の一の上に本件建物を所有することは、双方の間に争いがない。

そこで、被告主張の賃借権の存否につき判断を加える。

≪証拠省略≫によると、①訴外亀甲輝雄は、昭和二一年五月一八日、そのころ同人外三名が小倉合同物産の名称で組織していた組合を代理し、当時の所有者正野寛之助から、建物所有の目的で、一六二番地の一を一五四番地の一とともに賃借し、両者はかねがね心易い仲であつた関係で、別段期間の定めをしなかつたこと、②昭和二二年ごろ被告会社が設立されて小倉合同物産の営業をそのまま引継いだこと、③その結果、被告が前記賃借権をも承継し、訴外正野寛之助もこれを承諾したことを認めることができる。右認定を左右する証拠はない。

ところが、≪証拠省略≫によれば、被告が本件建物の保存登記をなしたのは、昭和二五年八月三一日であつて、≪証拠省略≫により認められる原告が一六二番地の一の所有権取得登記をなした昭和二五年八月二八日の後であるから被告は、原則として原告に対し前記賃借権を対抗できない。

しかしながら、私権の行使は公共の福祉にしたがわなければならない。

とりわけ、土地の所有権は、社会的公共性の点において、他の私権に比較し、その度合が極めて高く、土地利用権と対蹠する場合においても、社会的公共性の故にその行使に制限を受けざるをえない。

何となれば、土地は新しく作り出すことの容易でない絶対量の定まつた自然物であつて、しかもあらゆる人間生活がそれを基礎としてきずかれるものであるから、私人の自由な排他的、独占的支配をゆるすことは、社会公共の生活上諸種の弊害を生ずるおそれがあるからである。

≪証拠省略≫によれば、①原告は一六二番地の一の取得当時、一六二番地の一の上に本件建物が建つていた事実ならびにそれは被告と訴外正野寛之助との間の賃貸借に基づくものである事実を知悉していたこと、②原告自身現実に右宅地を使用収益する必要があつてこれを取得したものでないこと、③原被告間に右宅地の売買の話があつたが、代金の折合がつかず、沙汰やみになつたことを認めることができ、右の事実から判断すると、原告は被告に対する建物の収去・土地の明渡を予定し一六二番地の一を取得したものというべく、しかも原告はこれを賃貸し、相当の賃料を得ることによつて、十分に満足できるのに比し、被告は右宅地を明渡すと、多大の打撃をうける結果に陥ることが明白である。

このような場合、ただ被告の賃借権に対抗要件がないというだけで、直ちに建物の収去・土地の明渡を求めることは、前に述べた土地所有権の社会的公共性を逸脱した不当な権利の行使である、と解するのが相当である。

よつて、原告の本訴請求を、その余の点につき言及するまでもなく、失当としてすべて棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 田畑常彦)

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